どうして感情的になるのをやめられないの?パワハラで告発されたい人たち

昨今、パワハラ規制の法制化が進む中で感情的になるのをやめられない人がいます。

自らパワハラ告発のリスクを背負って一体何がしたいのか理解できません。

感情的になり、相手に当たり散らして何が楽しいのでしょうか。

 

喜びや悲しみであればまだ良いですが怒りの感情に身を任せるのはリスクでしかありません。

 

相手の意見を聞かずに自分の感情だけで何を強いたりするのは危険です。

本来の思いやりがあれがあれば口にするまでもありません。

感情的になって他人にストレスを与えても自分の立場を悪くするだけです。

 

感情的になり自分の意見だけを押し通そうとするのはパワーハラスメントと言えます。

 

業務上、判断が求められる場合は合理的な理由や守るべき契約があってこそ正しい判断となります。

感情論とは、一個人の価値観でしかなく根拠に乏しいです。

つまり、感情的に物事を判断すること自体が間違っていると言ってもいいでしょう。

 

間違った判断や根拠のない判断で他人に何かを強いるのはパワハラの定義では完全にアウトです。

 

業務上、明らかに不要な事を強要するのは業務の妨害と認められてもおかしくありません。

感情的になることでパワハラのリスクを背負っていることを理解するべきです。

 

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感情的になるのをやめられない人たち

 

時代の変化についていけない

感情的になることをやめられない人達は時代錯誤しています。

前述の通り、今の時代は感情的に理不尽を強いるのはパワハラになります。

これだけ世間がパワハラに対して敏感になり咎めているのにも関わらずやめることが出来ません。

 

自分は感情的に振る舞っても大丈夫だと思っています。

 

自己判断や自分基準で物事を考えていると言ってもいいでしょう。

一体誰が「問題なし」と判断しているのでしょうか。

あらゆる意味で、時代に追い付いていないと言えるでしょう。

 

感情的に新しい時代の考え方を否定している人もいるでしょう。

 

「厳しく」することを無くしたくない人もいます。

しかし、厳しくすることと理不尽を強いることは決定的に異なることが理解できていないでしょう。

 

自分の過去を捨てきれない

感情的になる人は自分の過去を捨てきれません。

自分が理不尽を被った経験や、過去の成功体験を信じています。

時代とともに、仕事の仕方も考え方も変化しています。

 

新しい時代の変化よりも過去の経験を守りたいと思っています。

 

非常に保守的であると言えます。

論理的に、合理的に本人の過去を否定されてしまうと言い分がなくなってしまいます。

では過去を否定されたときに言い返すにはどうすればいいでしょうか。

 

感情論で反論するしかなく自分の正当性を主張するには根拠の乏しい意見しかなくなります。

 

根拠に乏しい意見を言われても他人は困ってしまいます。

自分の意見を守りたいがために合理性を捨てて感情論で自分を守ろうとしてしまいます。

 

頭が悪い

感情的になる人は基本的に頭が悪いです。

感情的になってしまうとパワハラ告発のリスクがあることを理解できない時点で頭がいいとは言えません。

自らリスクを背負って何をしたいのか周囲は理解不能です。

 

仕事が出来たり勉強が出来る事と頭の悪さは別物です。

 

仕事が出来てもパワハラをしたらキャリアが台無しになります。

勉強が出来てもパワハラをしたら人として最低だと思われ嫌われます。

能力の高さを活かせず、感情論で物事を悪化させてしまえば結果的には不幸に直面します。

 

頭が悪い人は自分を不幸にしていることに気づけません。

 

頭のいい人は事前に察知し、振る舞いを考え直すことが出来ます。

むしろ、頭が良いと言えなくても多くの人は最初から「やってはいけないこと」をしないと言えます。

 

理性が弱く精神的に未熟

感情的になりやすい人は精神年齢が中学生くらいです。

他人に直接言ってしまうと問題やトラブルに発展するようなことを平気で口にしてしまいます。

自分が不満だと感じると言わずにはいられないのです。

 

理性で感情を制御できない人は大人だと言えず精神的には未熟です。

 

怒りに身を任せても良いことはありません。

これは言うまでもないことであって、他の人が当たり前のように出来る事が出来ていません。

我慢しないといけない場面でも感情の赴くままに発散しようとします。

 

理性がないために要らぬトラブルを引き起こして我儘を通そうとすることが多いです。

 

一体何のために理性という言葉があるのでしょうか。

ストレス耐性がゼロだと言っていいくらい不満を口にする人もいたりします。

 

TPOが出来ない

TPOとは時間、場所、場合に応じて対応を変えることです。

要は、その場にあった振る舞いをするということです。

ここまで感情的になることを否定してきましたが、全否定をするつもりはありません。

 

感情は制御するべきものであって感情的になって良いシーンでは感情を晒してもいいです。

 

感情的になって行動する人は、感情の使い分けが出来ません。

感情的になるべきところではないのに感情に身を任せてしまうのが問題です。

空気が読めなかったり、相手の気持ちが分からずその場自体を壊してしまうことが多いです。

 

問題となるのは感情的になり何かを阻害したり壊したりするからです。

 

感情的でも調和を保てるのであれば問題ないと言えるでしょう。

人間関係を壊したり、業務を阻んだり、理不尽を強いて精神的に追い詰める行為は悪行です。

 

不安になりがちで臆病

感情的な人は実は不安で仕方ありません。

攻撃的ではありますが、それは人より臆病なため攻撃的に振る舞っています。

不安を解消するために強く自己主張をしています。

 

他人に何を強いたり確認しないと自分の不安が解決しないと思っているのです。

 

威嚇しないと自分の弱さがバレてしまい、攻撃されるのが怖いのです。

他人は不必要に攻撃しないのですが、本人だけがなぜか怯えているのです。

人から嫌われたくないと思っているのに、真逆の行動をしてしまっていると言えるでしょう。

 

感情的になりやすい人は臆病で不安になりやすく他人に認めて欲しかったり褒めて欲しいのです。

 

気持ちは分からないでもないですが、面倒くさいですね。

勝手に不安になって理不尽を強いられても迷惑です。

 

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まとめ

パワハラで告発されたがる人たちについて紹介しました。

感情的に相手を否定したり怒鳴ったりしても今の時代は自分の立場を脅かすだけです。

なぜそれが理解できないのかが一番理解不能ですね。

日頃の行いが良ければパワハラで告発されるようなこともありません。

理不尽に怒っても他人から信頼を得ることも出来ずただただ邪魔な存在になりストレスの原因になります。

 

感情の発散方法は他人にあたるのではなく自己完結できる方法にした方がいいでしょう。

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