通勤時間は時間の無駄。無駄じゃない理由はない

度々話題に上がる通勤時間の話ですが、無駄か無駄じゃないかと言う点です。

時間と言うのは時にお金よりも優先すべき大切なものです。

早く移動したい人は電車ではなくてタクシーを使いますし、それは時間をお金で買っていると同義です。

 

残念ながら通勤時間は時間の無駄です。

 

無駄ではないと言い切れる人は、時間を有効に活用しているだけだと思います。

それはそれで素晴らしい事ですが、そもそも通勤時間が無ければもっと有益に過ごせるのではないでしょうか。

通勤時間に対する考えは人それぞれですが、時間と言うものについての価値観が全てかもしれません。

 

人生において時間は有限です。

 

時間は未来永劫に流れ続けますが人の命は有限です。

その人生の時間を大切に扱うかどうかで豊かさも幸福も変わってくるでしょう。

またその時間や幸福も時代によって考え方が変化します。

 

通勤時間に限らず時間は出来るだけ有効に活用した方が良いのは間違いありません。

 

そこで今回は通勤時間が無駄な理由を紹介します。

通勤時間は出来るだけ圧縮した入り無くせるなら無くした方が良いと思います。

 

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通勤時間は無駄な時間である

 

通勤時間に給料は出ない

まず通勤時間に給料は出ません。

電車なら遅延していて乗っている時間が長くなっていても何も変わりません。

ただ単純に時間が奪われるだけでしょう。

 

通勤時にトラブルにあうことで遅刻すれば給料がその分減らさせれることもあります。

 

通勤時間は遅刻のデメリットも孕んでいます。

乗客同士のトラブルや車両点検など自分以外の理由で電車が遅延するのはたまったものではありません。

何も悪い事をしていないのに給料が減らされ、いちいち遅延証明をしないといけません。

 

また通勤時間を有効に使っていても体力を使い給料も出ないのは変わりありません。

 

読書していようが自己研鑽していようが生産性はありません。

無駄じゃないと主張する人は生産性の概念があるのでしょうか。

 

通勤のために使う時間は多大

通勤のために、朝起きて色々な準備をしないといけません。

髪を整えたり顔を洗ったり着替えも必要です。

人によっては朝ごはんも食べているでしょう。

 

通勤時間が長ければ長いほど早く起きないといけません

 

では通勤時間が5分であればどうでしょうか。

9時出社でも8時まで寝ていてもいいですし、7時に起きても有意義に時間を使えます。

ゆっくりテレビを見ながらご飯を食べたり、シャワーもゆっくり入れます。

 

通勤時間が長い事で個人で使える時間が狭くなってしまいます。

 

片道二時間などは人生の浪費と言っていいかもしれません。

家にも会社にもあまり居たくない人は通勤時間が長くても良いですね。

 

無駄ではないのは実家暮らし

無駄ではないのは実家暮らしの人くらいではないでしょうか。

実家にいて一人暮らしよりも生活費が圧倒的に少ない人は貯金が出来るので通勤時間が多少長くても良いと言えます。

毎月、5万~10万近く余裕が出来るなら通勤時間が長くても得だと言えます。

 

あくまでも金銭的なメリットがあれば生産性があると捉えることが出来ます。

 

もちろん、通勤時間自体は無い方が良いです。

なぜなら同じ額の貯金が出来るとしても消費する時間が短い方が生産性が高いからです。

毎月、往復二時間の通勤をしていれば月40時間も浪費しています。

 

在宅勤務のように通勤時間がゼロであれば時間もお金もたくさん残ります。

 

実家暮らしなら無駄ではない事はありますが、やはり無い方が生産性が高いです。

金銭的メリットがないのであればやはり無駄としか言えません。

 

ストレスが多い

通勤にはストレスがつきものです。

車で通っていてドライブが好きでも、渋滞に巻き込まれたり事故で迂回が必要になる事もあります。

電車については言うまでもありません。

満員電車から遅延からマナー違反など出社前に疲れてしまいます。

 

通勤時間が楽しい人はほとんどおらず機械的に通っているだけです。

 

実際問題として通勤時間がストレスになっている人は多いはずです。

車でも電車でも混んでいればストレスですし、トラブルがあると待たされてしまいます。

遅刻しないかどうか心配で焦ったり走ったり疲れることばかりです。

 

仕事をするためにだけに朝も夕方もストレスを仕事以外で感じていると言っていいです。

 

不要なストレスを抱えても無駄な苦しみが増えるだけです。

通勤時間が辛いと感じるのは当たり前で無駄だと思うのは正解です。

 

無駄じゃないというのは偽善

通勤時間が無駄ではないというのは偽善です。

雑用の概念と一緒だと思います。

「雑用にも価値がある」と思いこませてどんな仕事でも自分を押し殺して、価値があると思って取り組みなさいと洗脳しようとしているのと一緒です。

 

価値のないものに無理やり理由をつけても無意味です。

 

ねつ造、情報操作と言ってもいいと思います。

先ほどから紹介している通り、通勤時間で給料が上がったりお金がもらえることはありません。

自己研鑽の時間に使うとしても自宅でゆっくり勉強できる方が圧倒的にストレスがないです。

 

対価のないものや幸福になるために時間を使っていないのであれば無駄と感じるのは仕方ありません。

 

旅行のフライト時間は、その時間をかけないと旅行先に行けません。

しかし仕事は会社に行かないと出来ない訳でもないでしょう。

 

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まとめ

通勤時間が無駄な理由を紹介しました。

金銭的メリットがない以上は生産性がなく無駄だとしか言えません。

運転したり電車に乗るのが好きであればいいでしょう。

少なくとも満員電車に限っては好きな人はちょっとおかしい人です。

通勤によって無駄なストレスを増加させて、お金的なメリットもなければ本当に無意味な時間です。

お金だけで物事は判断できませんが、苦しい思いをしてお金も貰えないのは救いがないとしか思えません。

通勤時間が少ない社会に変われば一番良いと思います。

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